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Naoki O-ishi Blog
パールの未来を語るブログ
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東日本大震災
地震発生当時、
自分は2階の教室で授業を受けていました。
卒業制作展が終わり、
みんな卒業に向けてカリキュラムの単位を
クリアするべく慌てて作業を進めていた矢先、

「ん…揺れてる?」
「地震だ」
「長いな…」
「え…!!やばいやばいやばいやばい!」

と次第にとても大きな揺れへと変わっていきました。
ロウ付け台の水受けの水は大量にこぼれ、
あたりは水浸しに…
今まで体験したことのない大きな揺れに
足は震え、何をすれば良いか分からない。

外に目をやると
隣りの建物とぶつかるほどにビルはしなり、
慌てて避難をはじめる多くの通行人の姿。

ある程度揺れがおさまると先生の指示で
全員校舎の外へ避難しました。

しばらくして、落ち着いたところで
みんな一度教室へ戻り、作業中のものを全て片付け、
帰る支度をしました。

すると再び大きな地震が発生。
荷物を抱えて再び外へ避難しました。
危険だからとこの日はその場で解散

しかし、当然のことながら、
電車などの交通機関は全てストップ。

仕方なく約20kmほど離れた自宅まで
歩いて帰りました。

帰る途中、
100円パーキングなどの駐車場では
ビルで働くサラリーマンが、
公園では近所の百貨店から避難してきたお客さんで
身動きが取れないほどぎっしりでした。

帰る手段がなく、同じ方向へ歩く人の群れ、
絶え間なく鳴り響くサイレン、
立ち止まると感じる余震
とても壮絶な光景で恐怖を感じました。

歩くこと約3時間、
あたりはもう暗くなっている中、
やっとこさ自宅まで辿り着きました。
速いペースでこの距離を歩いたせいか
着いた頃にはひざが痛くへとへとでした。
四国遍路約1,200kmを歩いた人間が情けない限りです。

玄関を開けると更なる悲劇が待ちうけていました。

2011031118350000.jpg

絶望的なまで壊滅状態。

前々からうちの近所は地盤が緩いと
聞いてはいたものの、ここまでとは…
思わず携帯を取り出し、写メを撮って
おそるおそる中へ歩み進めると、
TV、パソコンは机ごとなぎ倒され、
本や書類が床一面に広がり、
予備のトイレットペーパーは散乱し
ガラスのコップは割れ、
どういうわけか水浸し、
閉めて出かけたはずの窓が
大きな揺れで左右20cmくらいづつ開くなど
(鍵閉めてませんでした)
見るも無惨な状態でした…

救いだったのはベッド付近は何事もなく
平和な状態だったので、
どこから手をつければいいか
ベッドの上でひとり作戦会議です。

もう卒業間近ということで
学校関係の書類、コンテストの資料など
これから必要なさそうなものも
この際一気に片付けてしまおうと
部屋の仕様変えも試みました。

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

片付け開始から約4時間

2011031321470000.jpg

スッキリです!

ただ、まだ余震の恐れがあるため、
パソコンは安定した低いテーブルの上へ
TVは床に移動しました。



地震発生から早4日、
スーパーやコンビニには食料品が無く
パンや弁当、牛乳や水のコーナーはすっからかん。
余震、計画停電、原発の放射能など
不安な要素は山ほどあります。

また、東北地方の映像を見ると本当に心が痛みます。
一刻も早い復興を願っております。

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[2011/03/15 14:52] | ブログ | トラックバック(0) | コメント(2)
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